7名の若きIATCライダーを全日本もてぎで直撃インタビュー
MotoGPを運営するドルナスポーツが展開する、『Road to MotoGP』プログラムの一環である、イデミツ・アジアタレントカップ(以下IATC)とは、アジア及びオセアニア地域のライダーの発掘、育成を目的としたMoto3マシンによるワンメイクレースである。
今年もIATCには、日本から4人の10代のライダーが参戦している。彼らは主戦場である全6戦のIATCのインターバルの間、全日本選手権にスポット参戦するケースが多く、8月23、24日の全日本選手権、モビリティリゾートもてぎ大会には、ATCの第4戦、MotoGPの日本GP併催のラウンドの直前ということもあり、日本人ライダーだけでなく、タイ、そしてオーストラリアから合計7人のIATCライダーが参戦した。
毎戦ベテランとヤングライダーの熱い戦いが繰り広げられるJ-GP3クラスに、彼らIATCのライダーが加わり、酷暑の中、もてぎではさらなる激戦が展開された。
今回はこの7人の、日本、タイ、オーストラリアからも参戦した、IATCの若きレーシングライダーたちを紹介したい。
荻原羚大(おぎわら りょうた)
16歳 埼玉県出身

今年のIATCではこれまでの3戦、合計6レースすべてに勝利している荻原羚大。強力なブレーキングが武器の池上聖竜と激しいバトルを幾度も展開するが、多角的な視点でレースを組み立て、最後にはいつもトップでチェッカーを受ける。
IATCへの参戦は今年で3年目。昨年のATCのオフィシャル映像の中に、参戦選手たちに、「今年のチャンピオンはだれか?」と質問するコーナーがあり、自信のある選手は自分を指さしていたが、それ以外では、「オギワラ」と答えた選手が多かった。2024年は、最終的に三谷然がタイトルを取ったが、荻原の強さを認めるライダーは多い。
そんな荻原だが、普段はいつも大人しく、さわやかな印象がある。ほかの若手ライダーと談笑する姿には、あの狡猾とも言えるレースをするライダーのイメージはない。
「レース歴は10年です。ポケバイからキッズバイク、ロードレースにステップアップしてからは、国内だけでなく、アメリカでもレースをする機会がありました」
「今年のIATCはここまで結果だけ見れば6連勝ですが、全く油断はできません。特に次の日本ラウンドは、多分一番難しいレースになると思います。ここで勝って、チャンピオンを確実なものにしたいです」
最後にいつもの爽やかな笑顔で、だが力強く、荻原はこう語った。
「夢はMotoGPチャンピオンです」
池上聖竜(いけがみ せいりゅう)
16歳 埼玉県出身

バイクレース漫画の伝説的作品、『バリバリ伝説』の中で、主人公の巨摩郡が、ライバルの星野アキラの走りを、こう形容する。「すごい突っ込みだ。目の前で大気がスパっと割れる気がしたぜ」
池上聖竜のタイトコーナーの突っ込みはまさにそれだ。池上を指導する長島哲太監督も、そのブレーキングを絶賛する。
「バイクに乗ったのは3歳から、最初のレースはサーキット秋ヶ瀬でポケバイ(74Daijiro)ですね。ミニバイクに上がって、桶川スポーツランドの関東ロードミニ選手権でチャンピオンになって、2022年はMiniGPで国内チャンピオン、世界大会では3位でした」
その後、ロードレースにステップアップし、全日本J-GP3に参戦した池上は目覚ましい活躍を見せる。
2023年のSUGOでは、予選時間残り数分で長島監督に送り出され、ポールポジションを獲得。決勝レースでも、池上の指導者の一人である尾野弘樹を追いかけ2位入賞。翌2024年、IATCフル参戦初年度は、日本ラウンドで三谷然と激しいトップ争いを展開し、レース2を制した。
「今年の日本ラウンドは、最初からトップを走って、土日ともレースを引っ張りたい。(荻原)羚大はうまいけど、今度は絶対に負けません」
萩原の前で、池上は『大気が割れる』ほどのコーナリングを武器にして、勝つことができるか
飯高新悟(いいだか しんご)
15歳 東京都出身

飯高新悟と池上聖竜は、埼玉県の同じ町内で育った。小学校、中学校と同じ学校に通い。池上の方が1年先輩。池上は3歳からバイクに乗っているが、実は飯高がバイクに乗り始めたのは小学生から。やがてその二人は、飯高の父が経営するレースショップ、ファイヤーガレージの店の前の駐車スペースで、平日の夜にキッズバイクに乗り、8の字練習をするようになる。
その後、飯高は池上を追いかけるようにレースキャリアを積み、昨年は全日本J-GP3、そして全日本併催のMFJカップJP250にシーズンとおしてダブルエントリーし、好成績を残した。14歳のレーシングライダーの快挙だった。
2025年、ひと足先にIATCで活躍していた池上に続き、飯高も参戦権を獲得。二人そろってアジアを舞台にレースをすることになった。そして第2戦、土日の両レースとも、同じ町内からカタールにやってきた二人が表彰台に立ったのだ。
「IATCは、やっぱり羚大のペースが速い。それについていく聖竜もすごいですね。でも日本ラウンドは、自分も必ずトップ争いをします」
昨年までの飯高は、レース前に少しナーバスな雰囲気を見せることもあったが、今年はそれがなく、どこに行っても自信を持ってレースに挑んでいる。
「今までがいろいろ悪すぎたんですよ」、そう本人は語るが、それこそがレーシングライダーとしての飯高の成長と進化なのかもしれない。
松山遥希(まつやま はるき)
16歳 千葉県出身

ポケバイ時代から、兄の松山拓磨と共に、その逸材ぶりが評判だった松山遥希。IATCでは今年、参戦初年度ながら、先輩の荻原、池上に続いていち早く表彰台を獲得した。だがその後、期待の新人は苦戦している。
優秀な若手を幾人も走らせるMotoUPのピットエリアに、松山の姿があった。
「ポケバイから数えると、レース歴は13年です。埼玉のサーキット秋ヶ瀬、千葉北ポケバイコース、茂原ツインサーキット、三つのサーキットでポケバイのチャンピオンを取りました。その後はミニバイクレースで経験を積んできました。ATCは、最初は表彰台に乗れたけど、その後はいいレースができていません。でも、日本ラウンドは特別です。兄が2019年のIATCの日本ラウンドのレース1で優勝しています。同じように自分も必ずトップを走って、優勝したいんです」
終始変わらぬトーンで、落ち着いた様子で話す松山。関係者からは、『天才肌』との評価も高い。
IATCの勝利の後の目標は、ほかの多くの若手選手と同じである。長く厳しい道のりだが、松山は水を得た魚のようにすごいスピードで、登っていくような気がした。
タナチャット・プラトゥムトゥーン
17歳 タイ・バンコク出身

Astemo SI Racingを率いる、レジェンドライダー伊藤真一氏は、タイにおけるホンダのライダー育成プログラムとかかわりが深く、近年、全日本にも複数のタイ人ライダーの参戦を実現させている。
タナチャット・プラトゥムトゥーンの全日本参戦も2年目。IATCの参戦も同じく2年目だ。アジア各国でレースを転戦する日々を送るタナチャット、ニックネームはオースチン(Austin)。
「最初に乗ったバイクは47ccのボケバイ。その後はタイホンダアカデミーでMSX125(ホンダ・グロムと同型のバイク)のレースを走ったり、NSF100でレースを学んだ。兄もレースをしていて、彼はヤマハの育成プログラムでステップアップをしているんだ。今年のIATCは日本人ライダーが強いけど、日本ラウンドではトップ3に入りたい」
僚友のノップルットポンと子供のようにはしゃぐ場面も見かけるが、レースの話をするときのタナチャットの目には闘志が宿る。
「もちろん将来の目標はMotoGPライダー。兄も同じだと思う」
チャントラに続くタイ人MotoGPライダーになるのはタナチャットか、それとも彼の兄か、どちらが先か。
ノップルットポン・ブンプラウェット
17歳 タイ・チョンブリー出身

タイの人名はサンスクリット語で、各々とても長く、呼び名として、チューレンという通用のニックネームを使用する。ノップルットポンのチューレンはウム(Aum)。チームメイトもスタッフも、彼のことをウムと呼ぶ。
見た目の印象通り、フレンドリーで人懐っこいウムの全日本もてぎの週末は不運だった。土曜日J-GP3の予選中、接触のアクシデントがあり転倒。足を負傷し、決勝レースは欠場することになった。松葉杖をついた少し痛々しい姿だったが、明るくインタビューに答えてくれた。
「最初のレースは、タイホンダアカデミーのMSX125のレース。タイではMSXは、街中でもポピュラーなバイクだね。その後はNSF100、NSF250とステップアップして、アカデミーやタイ・タレントカップで学んだ。今回のアクシデントは仕方ないよ。次のIATC、日本ラウンドまでには治療して必ずレースに出る。目標はポディウム。トップ3に入ること。将来の目標は、IATCからレッドブルルーキーズ、Moto3、Moto2と確実にステップアップして、MotoGPライダーになること」
ウムの優しい目の奥にも、強い決意が感じられた。
アーチ・シュミット
16歳 オーストラリア・アデレード出身

南半球からやってきた、16歳の少年アーチ。4歳からバイクに乗り、モトクロスで65cc、85ccクラスのレースに参戦。ロードレースは12歳から開始した。
今年からIATC参戦と並行して、Moto2ライダーの佐々木歩夢と、ライダーズサロン横浜のプロジェクトにより、J-GP3クラスにも参戦を開始した。筑波、そして今回のもてぎと、全日本参戦は2戦目となる。
「オーストラリアの自宅にはモトクロッサーのCRF250Rがある。毎日のようにバイクに乗っているよ」
「母国からIATC、そして全日本と、今年はずっと旅をしてレースをしているけど、僕自身は大変だと思っていない。たくさんレースがしたい。とにかくレースを走りたいんだ」
一見シャイなアーチだが、性格が明るく、走行セッションの合間には常に、IATCに参戦している仲間のピットに遊びにいく。それだけでなく同世代の全日本ライダーとも、言葉の壁をものともせず、仲がいい。だが、ピットレーンでヘルメットをかぶったアーチの雰囲気は一変する。スタッフと談笑などせず、静かに戦いのスイッチを入れる。
「IATC日本ラウンドの目標は表彰台。将来はMotoGPを走りたい」
アーチ・シュミットの旅のゴールはずっと先にある。